ピアキャスト偉人伝 殺し愛 その1

殺し愛

 昭和53年、日航ジャンボ機が墜落する一週間前
殺し愛は福岡にて生を受けた。
寡黙な青年期を過ごし、30歳になるまで酒を飲んだ事は無かったという。

 人付き合いがあまり上手ではなかったが、
大学では常に最前列の席に着き、とにかく実直に振舞う事で人生の課題をクリアし行き、
なんとか大学を卒業して人並みの幸せを手に入れる切符を手に入れた。

 しかし実社会に出た後、殺し愛は大きな壁にぶつかる事になる。
今まで責任の無い子供だったからこそ許されていた、
とにかく実直に振舞う事で人付き合いの苦手をカバーすると言う手法が
通用しなくなったのである。

 現実に絶望した殺し合いは、ネットの世界にはまり込む。
特にSOLDATという2Dネット対戦シューティングゲームに熱中した。
「殺し愛」というハンドルネームもそのゲームについての2chのスレッドのタイトルから得たものである。
殺し愛はこのゲームで「100人の友達」を得、彼の中で非現実の世界は益々膨張し続けた。
しかしこの時期何らかの理由で殺し愛はこの「100人の友達」を失う。
この理由は未だ殺し愛の口からは語られていない。

 そして「100人の友達」を失った殺し愛は、その心の渇きを潤すものと出会うことになる。
ピアキャストである。
配信者は自分の姿や声を晒し、視聴者は絶対安全な立場から賞賛や、時には中傷を行う。
SOLDATでネット越しに架空の命を奪い合う以上の生々しさがそこにはあった。

 殺し愛はピアキャストで自転車にカメラを取り付けその様子を配信する事を始めた。
現実世界で他人とのコミュニケーションに悩んでいた殺し合いにとって、
交通ルールと言う他人との空気の読み会いから開放され、
かつ外の世界を移動できる自転車は、移動手段としては最良の選択だったと思われ、
それを配信の題材として選んだのは必然と言えよう。
 そして2007年7月、殺し愛は自転車による日本縦断配信「Tour de PeerCast2007」を実行した。
道中では様々なトラブルに見舞われ、そのたびに出費が嵩んでいった。
日を追うにつれ強くなっていく日差しが困難に立ち向かう殺し愛の姿を強く照らし出し、
それまで殺し愛の配信を見たことが無かった者も含めて多くのリスナーを獲得した。
殺し愛は多くのリスナーからの食料等の実質的な援助に支えられながら日本縦断を成し遂げ、
Tour de PeerCast2007は大成功のうちに幕を閉じた。
後に殺し愛が見せるピアキャストの世界に対す過剰なるこだわりは、
この至高体験に起因するものと思われる。

 Tour de PeerCast2007を終えた後も、殺し愛は定期的に自転車配信を行っていたが、
その日、リスナーは自転車から見える風景ではなく殺し愛が部屋で号泣する様子を目にした。
殺し愛は仕事を辞めたのである。
号泣する様子から仕事をやめた原因は何か大きな挫折によるものである事は想像に難くない。
 殺し愛は会社を辞め、今後はゲームを作成し、任天堂に就職するという展望を語った。
いかに真面目に人生を過ごし、大学を出たからと言って、
それまで配送の業務を行ってきた人間が、
世界屈指の優良企業である任天堂に中途入社出来るものなのか、
常識的な判断能力があれば誰もが辿り着く結論は同じであろう。
しかしその時の殺し愛のあまりに哀れな姿に
大半のリスナーは同情から、その目標に向けて頑張るように声をかけた。

 頂上の見えない山を登り続けた殺し合いだが、
その様子を見て現実に引き戻そうとする人物が居た。
彼の父、「鬼軍曹」である。
鬼軍曹は、父親である責任感からすれば当然か、はたまた鬼軍曹個人の資質なのか
有名企業の採用から漏れ続ける息子にかなり強い調子で職に付く様圧力をかけていた。
筆者自身は目撃した事が無いのだが、
配信中に鬼軍曹から殺し愛へ実質的な力、一般的な言い方で言うと手が出た事すらあったという。

 鬼軍曹の尋常でない圧力と、
就職できないという現実の板ばさみによって追い詰められた殺し愛は
就職という本当に目指すべき目標を見失い、
とりあえず目の前の鬼軍曹の圧力から逃れる方法を求めるようになっていた。

 自分が人付き合いが苦手であるという自覚は既に持っていた殺し合いは、
一般企業の採用から漏れ続けるという現実とあわせて鑑みて、
自分に勤まる仕事は農業しかないという結論に至っていた。
 農業と言う仕事は人付き合いが必要無いわけでは決して無い。
既存の企業の採用から漏れ続ける殺し合いにとって。
自らが立ち上げた事業で生計を立てる事が状況を打開する方法であるという結論に至り、
今現在の環境でそれが出来る業種は何かと考査したところ、
それが農業だったのである。

 殺し愛は農業に関する知識を得るために地元の農業大学の農業研修に参加し、
そこで後に運命を大きく変える人物と出会う。
農業のノウハウを持たないものの、農業に関心を持ち農業法人を立ち上げたいと考える人物
ロバートである。

その二へ続く

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