ピアキャスト偉人伝 殺し愛 その8
その7から
殺し愛が美容室に居候を始めて三ヶ月が過ぎた11月下旬。
この日配信画面には夕食を終えパソコンで作業をする殺し愛の姿があった。
殺し愛が開墾し栽培したベビーリーフをホームページ上で販売するための準備である。
ベビーリーフを販売し対価を得るという事は、商いとして動く金は微々たる物だが
農業法人設立への大きな第一歩だった。
この数ヶ月様々な困難に逢いながらも
目標に向けて積み重ねた努力の成果を収穫する時が来たのだ。
普段決して作業の早い方ではない殺し愛も今日ばかりは作業に没頭して
「今夜中に徹夜してでも仕上げんといかんね」と積極的な姿勢を見せた。
ラウンジには殺し愛のキータッチの音が短い間隔で鳴り響き
殺し愛の中で濃密な時間が流れている事を感じさせていた。
殺し愛が作業を始めて間も無く、
それまでラウンジに小気味良く響いていたキータッチの音は
電話のけたたましい呼び出し音によって遮られた。
マスターは電話に出ると、丁寧に応対し酒と食べ物の準備を始めた。
これはリスナーが今まで何度か目にした光景だった。
そして電話から数分が経った頃、
波乱を告げるあの獣の唸り声のようなバイクの排気音が遠くから徐々に近くなり、
美容室の前で止んだ。
ロバートがラウンジに現れ宴会が始まった後も、
殺し愛は「今夜中に済ませんといけん作業がありますけん」と言い
酒席には加わらなかったが、
ロバートからの再三の誘いを断り切れず、
カメラに背を向ける格好で酒席に加わった。
その日の宴会の話題は高級ワインやブランド物といった
贅沢品に関するロバートの蘊蓄話が中心だった。
半ば義務的に相槌を打つ殺し愛に対し
マスターはその職業柄鍛えられた会話力からか
それとも自分の興味がある話題だったからなのか
ロバートの蘊蓄話にいつもより大きなリアクションをとった。
ロバートの蘊蓄話が一段落し話題が尽きラウンジに微妙な間が生まれ
ラウンジは静寂に包まれた。
そしてロバートは俯いた殺し愛を見て次の話題をこう切り出した。
「この前の話なんだが、もしお前がよかったらと思って今日資料を持ってきた。」
「判断するのはお前だ。」
ロバートはそう前置きした後話を続けた。
「アスペルガー症候群と認定されたら年間70万円の障害年金が支給される。
○○(殺し愛の本名)、おまえ年金払っているか?」
「ええ、ええ」と受容とも拒否ともつかない返事をする殺し愛に
マスターは「もらえるものはもらっとった方がいいですよ」
(積極的に障害者認定を薦めるという意図ではなく、もし本当に障害を持っているのなら然るべき補助を受けるべきという意図と思われる)
と声をかけ、。
「配信切った方がいいんじゃないですか」と提案した。
個々人の言動から、おそらくこの話は殺し愛、ロバート、マスターの間では
事前にある程度話が進んでいたに違いない。
リスナーの目の及ばない所で、ロバート、殺し愛、マスターはそれぞれの視点からこの事案を検討し、
その上で今日のやり取りがあるのだろう。
マスターもロバートも善意で動いていた事は間違い無い。
しかし今日初めてこの事案に関する話し合いを目撃したりリスナーにとって
その内容はあまりにも衝撃的なものだった。
殺し愛はマスターの提案を受け入れ配信のマイクの音声を無効にしたが、
カメラの映像は無効にせず配信を続けた。
音声を失った配信画面は
PCを操作し終えカメラに背を向け再び酒席へ向かう殺し愛の後ろ姿を映し出した。
ロバートとマスターに何か話しかけられる度に相槌を打ち、
かすかに揺れる小柄な殺し愛の背中は
さながら荒波に揺られ水平線の向こうに消えて行く笹舟を思わせ、
今日始めてこの事案を知ったリスナーの心を大きく揺さぶった。
この夜リスナーは静寂の中80分間殺し愛の背中を見守り続けた。
話が全て終わり殺し愛とマスターが帰路に着くロバートを見送った後、
殺し愛はマイクをオンにするために再びPCのカメラの前に現れ、
マイクがオフになったままマイクに向かって喋り始めた。
リスナーは聞こえるはずの無い音に耳を澄ませ
殺し愛が何を言っているのか必死に聞き取ろうとしたが、
やはり何も聞き取れず。
殺し愛とリスナーを分かつPCの画面が生者と死者を分かつ深く冷たい川のように立ちはだかった。
そして配信の音声は画面外から伸びた手が殺し愛の肩をつかむのと同時に回復した。
「頑張ろう!○○さん、絶対頑張ろう!!」
音声の回復と共に聞こえてきたのはマスターの声だった。
マスターは殺し愛の肩を叩き、繰り返し「頑張ろう」と殺し愛に声をかけ
その度に殺し愛は「ええ、ええ」と相槌を打った。
そしてマスターの「リスナーさんも待ってるよ、掲示板(音声読み上げソフトで)読んであげて」との勧めでメインPCでの配信が開始され。
ここからノートPCとメインPCの二元中継が始まった。
掲示板には今夜の一連のやり取りに対する様々な意見が寄せられたていたが、
殺し愛は黙々とPCの作業を続け
マスターに「今夜は徹夜してでも仕上げよりますけん」と告げた。
マスターは「リスナーのみんな岡部さんに付き合ってあげてね」と言い
画面奥の扉の向こうに消えた。
そして徹夜宣言をした5分後に殺し愛は眠りにつき、
長い夜は終わりを告げた。
夜が明け、ノートPCの配信が開始されると、
配信画面には車の左座席に座っている殺し愛の姿が映し出されていた。
殺し愛が車から降りると殺し愛とは別の車のドアを閉める音が聞こえ、殺し愛に同伴者が居る事が分かった。
殺し愛はロバート共にパチンコに出かけたのである。
一方、美容室のメインPCの配信画面には異変が起きていた。
張りがあると言う表現を超えて主張の強い年配の男性の声、
それに対してマスターが対応している。
主張の強い声の主は殺し愛の父「鬼軍曹」のものであった。
殺し愛が家を飛び出す以前から配信の事や掲示板の存在を知っていた鬼軍曹は、
殺し愛の掲示板を定期的に閲覧しており、
鬼軍曹が掲示板に「ahoka」と書き込んだ事実を
殺し愛にブログで指摘される事もあった。
鬼軍曹は掲示板のリスナーの書き込みから昨夜の出来事を知り
美容室に殺し愛を連れ戻しにきたのである。
マスターは鬼軍曹に着席を薦める事もお茶を出す事も無く、
双方が立ったまま話し合いが行われ、
この様子が話し合いの緊張感を表していた。
その頃殺し愛はパチンコを終えロバートと別れ美容室への帰路に着いていた。
掲示板の書き込みで鬼軍曹が美容室に来ている事を知った殺し愛は、
一旦美容室へ帰るのをやめ、美容室からホームセンターへと目的地を変えた。
この時、二つの配信を同時に視聴していたリスナーのPC画面上では、
ノートPC配信のウィンドウに運転をする殺し愛の横顔が映し出され
メインPC配信のウィンドウには向き合い折衝するマスターと鬼軍曹が映し出されていた。
リスナーは一つの出来事に対してそれぞれの立場の人間がどう動いているのかを
リアルタイムで目撃するという未だかつて経験した事の無い視聴体験に遭遇し、
殺し愛の掲示板、意見所は熱気と興奮を帯びた書き込みで埋め尽くされた。
ホームセンターで買い物を終えた殺し愛は美容室に帰ることを躊躇したが
美容室のスピーカーカーからGeenDayのWalking Aloneが流れ始めると
それに合わせるかのように鬼軍曹と接触する決心を着け、進路を美容室にとった。
殺し愛が帰路に就いてから数分が経ち、美容室の配信から車の排気音が聞こえた。
マスターが「あ、○○さん帰って来たかな?」と言うと、
鬼軍曹はガレージに向かい美容室の配信のウィンドウから消えた。
そして、鬼軍曹の姿が美容室の配信のウィンドウから消えた十数秒後
殺し愛の配信の車内カメラに映し出された運転席のサイドウィンドウに
初老の男性の顔が映し出された。
「お前どうなっとるんや」
サイドウィンドウ越しに殺し愛にそう言った初老の男性は鬼軍曹だった。
それまで同じ事案、人間関係、時間を共有して別の空間を映し出していた二つの配信が、
運命の糸によって一つの空間に手繰り寄せられた瞬間である。
殺し愛、マスター、鬼軍曹の三人は美容室内に戻り、
三者による話し合いが行われた。
鬼軍曹の決意は固く、マスターは必ず殺し愛が帰ってくる事を前提に荷物の持ち帰りを拒否し、
殺し愛が今夜だけ実家に帰る事を了承した。
殺し愛が鬼軍曹の運転で帰路に就く車中、カメラは助手席に座る殺し愛の姿を正面から映し出した。
「お前を守ってやれるのは俺しかおらんのぞ」
鬼軍曹にそう声をかけられた殺し愛は、ついに訪れた居候生活の破綻を噛み締め、
助手席のサイドウィンドウから空を仰ぎ見た。
その表情は失意やあきらめと言った感情が読み取れたが、僅かながら安堵を含んでいるようにも見えた。
何かに観念するかのようにどっしりと深くシートに座り込み、
傷だらけの顔で空を仰ぎ見る、その殺し愛の姿を映し出した画面で配信は終了した。
そしてこれが三ヶ月続いた美容室からの配信の最後となった。
その後、鬼軍曹と殺し愛は殺し愛が開墾した農園の視察を行った。
農園に着いた鬼軍曹は農園に着いた瞬間に畑に唾を吐き、立ち小便をする等
僅かな配信時間の中でそのキャラクターを存分に発揮した。
そして殺し愛はあの寂しさを埋めるかのように物で埋め尽くされた自室に戻って行った。
もうどうあがいても子供で居られなくなる二十代の終わりに
芸術家、表現者が名作を多く残すように、
殺し愛はこの三ヶ月、30歳の節目を跨ぎながら
ピアキャストの世界に自らの命がけの冒険の日々を綴り続けた。
その冒険が今終わりを迎えた。
最後の配信から二日後、殺し愛は掲示板を閉鎖し
最後の謎かけをブログに残し配信の世界から去った。
人の行く裏に道あり花の山
自分の見つけた裏道の花の山もリアルタイム配信で有名になり、
周囲の土がすっかり踏み固められて桜は樹勢を落とすのでしょうか
別の桜を探せばいいというが見つける桜、
見つける桜を紹介して回る自分は桜を枯らす人なのでしょうか。
配信は諸刃の剣、諸刃の剣を常用する自分は常に襟を正す事を求められるため
人情のフィールドでは事故を起こすことが判っていながら、
配信をすることを許してくれたロバートとマスター
マスターもロバートも生きるために頑張っており、悪い事はしておらず
騙されてもいないが、配信は生きる人をそのまま映し出す故に、引き離される
多くの人は弱く、24hの配信には耐えられない
24h襟を正せるならば、一生涯襟を正したいんだけど
一旦多くしがらみに取り込まれたならばこれが難しい
自転車と一人で配信していた頃には問題化しなかったものが表面化したけど
RealPlayerOnlineの無謬性はリスナーの心に何を残したのでしょうか。
リアルをネットに移植してみた RealPlayerOnline
Peercast自転車部 部長 殺し愛
エピローグへ続く
殺し愛が美容室に居候を始めて三ヶ月が過ぎた11月下旬。
この日配信画面には夕食を終えパソコンで作業をする殺し愛の姿があった。
殺し愛が開墾し栽培したベビーリーフをホームページ上で販売するための準備である。
ベビーリーフを販売し対価を得るという事は、商いとして動く金は微々たる物だが
農業法人設立への大きな第一歩だった。
この数ヶ月様々な困難に逢いながらも
目標に向けて積み重ねた努力の成果を収穫する時が来たのだ。
普段決して作業の早い方ではない殺し愛も今日ばかりは作業に没頭して
「今夜中に徹夜してでも仕上げんといかんね」と積極的な姿勢を見せた。
ラウンジには殺し愛のキータッチの音が短い間隔で鳴り響き
殺し愛の中で濃密な時間が流れている事を感じさせていた。
殺し愛が作業を始めて間も無く、
それまでラウンジに小気味良く響いていたキータッチの音は
電話のけたたましい呼び出し音によって遮られた。
マスターは電話に出ると、丁寧に応対し酒と食べ物の準備を始めた。
これはリスナーが今まで何度か目にした光景だった。
そして電話から数分が経った頃、
波乱を告げるあの獣の唸り声のようなバイクの排気音が遠くから徐々に近くなり、
美容室の前で止んだ。
ロバートがラウンジに現れ宴会が始まった後も、
殺し愛は「今夜中に済ませんといけん作業がありますけん」と言い
酒席には加わらなかったが、
ロバートからの再三の誘いを断り切れず、
カメラに背を向ける格好で酒席に加わった。
その日の宴会の話題は高級ワインやブランド物といった
贅沢品に関するロバートの蘊蓄話が中心だった。
半ば義務的に相槌を打つ殺し愛に対し
マスターはその職業柄鍛えられた会話力からか
それとも自分の興味がある話題だったからなのか
ロバートの蘊蓄話にいつもより大きなリアクションをとった。
ロバートの蘊蓄話が一段落し話題が尽きラウンジに微妙な間が生まれ
ラウンジは静寂に包まれた。
そしてロバートは俯いた殺し愛を見て次の話題をこう切り出した。
「この前の話なんだが、もしお前がよかったらと思って今日資料を持ってきた。」
「判断するのはお前だ。」
ロバートはそう前置きした後話を続けた。
「アスペルガー症候群と認定されたら年間70万円の障害年金が支給される。
○○(殺し愛の本名)、おまえ年金払っているか?」
「ええ、ええ」と受容とも拒否ともつかない返事をする殺し愛に
マスターは「もらえるものはもらっとった方がいいですよ」
(積極的に障害者認定を薦めるという意図ではなく、もし本当に障害を持っているのなら然るべき補助を受けるべきという意図と思われる)
と声をかけ、。
「配信切った方がいいんじゃないですか」と提案した。
個々人の言動から、おそらくこの話は殺し愛、ロバート、マスターの間では
事前にある程度話が進んでいたに違いない。
リスナーの目の及ばない所で、ロバート、殺し愛、マスターはそれぞれの視点からこの事案を検討し、
その上で今日のやり取りがあるのだろう。
マスターもロバートも善意で動いていた事は間違い無い。
しかし今日初めてこの事案に関する話し合いを目撃したりリスナーにとって
その内容はあまりにも衝撃的なものだった。
殺し愛はマスターの提案を受け入れ配信のマイクの音声を無効にしたが、
カメラの映像は無効にせず配信を続けた。
音声を失った配信画面は
PCを操作し終えカメラに背を向け再び酒席へ向かう殺し愛の後ろ姿を映し出した。
ロバートとマスターに何か話しかけられる度に相槌を打ち、
かすかに揺れる小柄な殺し愛の背中は
さながら荒波に揺られ水平線の向こうに消えて行く笹舟を思わせ、
今日始めてこの事案を知ったリスナーの心を大きく揺さぶった。
この夜リスナーは静寂の中80分間殺し愛の背中を見守り続けた。
話が全て終わり殺し愛とマスターが帰路に着くロバートを見送った後、
殺し愛はマイクをオンにするために再びPCのカメラの前に現れ、
マイクがオフになったままマイクに向かって喋り始めた。
リスナーは聞こえるはずの無い音に耳を澄ませ
殺し愛が何を言っているのか必死に聞き取ろうとしたが、
やはり何も聞き取れず。
殺し愛とリスナーを分かつPCの画面が生者と死者を分かつ深く冷たい川のように立ちはだかった。
そして配信の音声は画面外から伸びた手が殺し愛の肩をつかむのと同時に回復した。
「頑張ろう!○○さん、絶対頑張ろう!!」
音声の回復と共に聞こえてきたのはマスターの声だった。
マスターは殺し愛の肩を叩き、繰り返し「頑張ろう」と殺し愛に声をかけ
その度に殺し愛は「ええ、ええ」と相槌を打った。
そしてマスターの「リスナーさんも待ってるよ、掲示板(音声読み上げソフトで)読んであげて」との勧めでメインPCでの配信が開始され。
ここからノートPCとメインPCの二元中継が始まった。
掲示板には今夜の一連のやり取りに対する様々な意見が寄せられたていたが、
殺し愛は黙々とPCの作業を続け
マスターに「今夜は徹夜してでも仕上げよりますけん」と告げた。
マスターは「リスナーのみんな岡部さんに付き合ってあげてね」と言い
画面奥の扉の向こうに消えた。
そして徹夜宣言をした5分後に殺し愛は眠りにつき、
長い夜は終わりを告げた。
夜が明け、ノートPCの配信が開始されると、
配信画面には車の左座席に座っている殺し愛の姿が映し出されていた。
殺し愛が車から降りると殺し愛とは別の車のドアを閉める音が聞こえ、殺し愛に同伴者が居る事が分かった。
殺し愛はロバート共にパチンコに出かけたのである。
一方、美容室のメインPCの配信画面には異変が起きていた。
張りがあると言う表現を超えて主張の強い年配の男性の声、
それに対してマスターが対応している。
主張の強い声の主は殺し愛の父「鬼軍曹」のものであった。
殺し愛が家を飛び出す以前から配信の事や掲示板の存在を知っていた鬼軍曹は、
殺し愛の掲示板を定期的に閲覧しており、
鬼軍曹が掲示板に「ahoka」と書き込んだ事実を
殺し愛にブログで指摘される事もあった。
鬼軍曹は掲示板のリスナーの書き込みから昨夜の出来事を知り
美容室に殺し愛を連れ戻しにきたのである。
マスターは鬼軍曹に着席を薦める事もお茶を出す事も無く、
双方が立ったまま話し合いが行われ、
この様子が話し合いの緊張感を表していた。
その頃殺し愛はパチンコを終えロバートと別れ美容室への帰路に着いていた。
掲示板の書き込みで鬼軍曹が美容室に来ている事を知った殺し愛は、
一旦美容室へ帰るのをやめ、美容室からホームセンターへと目的地を変えた。
この時、二つの配信を同時に視聴していたリスナーのPC画面上では、
ノートPC配信のウィンドウに運転をする殺し愛の横顔が映し出され
メインPC配信のウィンドウには向き合い折衝するマスターと鬼軍曹が映し出されていた。
リスナーは一つの出来事に対してそれぞれの立場の人間がどう動いているのかを
リアルタイムで目撃するという未だかつて経験した事の無い視聴体験に遭遇し、
殺し愛の掲示板、意見所は熱気と興奮を帯びた書き込みで埋め尽くされた。
ホームセンターで買い物を終えた殺し愛は美容室に帰ることを躊躇したが
美容室のスピーカーカーからGeenDayのWalking Aloneが流れ始めると
それに合わせるかのように鬼軍曹と接触する決心を着け、進路を美容室にとった。
殺し愛が帰路に就いてから数分が経ち、美容室の配信から車の排気音が聞こえた。
マスターが「あ、○○さん帰って来たかな?」と言うと、
鬼軍曹はガレージに向かい美容室の配信のウィンドウから消えた。
そして、鬼軍曹の姿が美容室の配信のウィンドウから消えた十数秒後
殺し愛の配信の車内カメラに映し出された運転席のサイドウィンドウに
初老の男性の顔が映し出された。
「お前どうなっとるんや」
サイドウィンドウ越しに殺し愛にそう言った初老の男性は鬼軍曹だった。
それまで同じ事案、人間関係、時間を共有して別の空間を映し出していた二つの配信が、
運命の糸によって一つの空間に手繰り寄せられた瞬間である。
殺し愛、マスター、鬼軍曹の三人は美容室内に戻り、
三者による話し合いが行われた。
鬼軍曹の決意は固く、マスターは必ず殺し愛が帰ってくる事を前提に荷物の持ち帰りを拒否し、
殺し愛が今夜だけ実家に帰る事を了承した。
殺し愛が鬼軍曹の運転で帰路に就く車中、カメラは助手席に座る殺し愛の姿を正面から映し出した。
「お前を守ってやれるのは俺しかおらんのぞ」
鬼軍曹にそう声をかけられた殺し愛は、ついに訪れた居候生活の破綻を噛み締め、
助手席のサイドウィンドウから空を仰ぎ見た。
その表情は失意やあきらめと言った感情が読み取れたが、僅かながら安堵を含んでいるようにも見えた。
何かに観念するかのようにどっしりと深くシートに座り込み、
傷だらけの顔で空を仰ぎ見る、その殺し愛の姿を映し出した画面で配信は終了した。
そしてこれが三ヶ月続いた美容室からの配信の最後となった。
その後、鬼軍曹と殺し愛は殺し愛が開墾した農園の視察を行った。
農園に着いた鬼軍曹は農園に着いた瞬間に畑に唾を吐き、立ち小便をする等
僅かな配信時間の中でそのキャラクターを存分に発揮した。
そして殺し愛はあの寂しさを埋めるかのように物で埋め尽くされた自室に戻って行った。
もうどうあがいても子供で居られなくなる二十代の終わりに
芸術家、表現者が名作を多く残すように、
殺し愛はこの三ヶ月、30歳の節目を跨ぎながら
ピアキャストの世界に自らの命がけの冒険の日々を綴り続けた。
その冒険が今終わりを迎えた。
最後の配信から二日後、殺し愛は掲示板を閉鎖し
最後の謎かけをブログに残し配信の世界から去った。
人の行く裏に道あり花の山
自分の見つけた裏道の花の山もリアルタイム配信で有名になり、
周囲の土がすっかり踏み固められて桜は樹勢を落とすのでしょうか
別の桜を探せばいいというが見つける桜、
見つける桜を紹介して回る自分は桜を枯らす人なのでしょうか。
配信は諸刃の剣、諸刃の剣を常用する自分は常に襟を正す事を求められるため
人情のフィールドでは事故を起こすことが判っていながら、
配信をすることを許してくれたロバートとマスター
マスターもロバートも生きるために頑張っており、悪い事はしておらず
騙されてもいないが、配信は生きる人をそのまま映し出す故に、引き離される
多くの人は弱く、24hの配信には耐えられない
24h襟を正せるならば、一生涯襟を正したいんだけど
一旦多くしがらみに取り込まれたならばこれが難しい
自転車と一人で配信していた頃には問題化しなかったものが表面化したけど
RealPlayerOnlineの無謬性はリスナーの心に何を残したのでしょうか。
リアルをネットに移植してみた RealPlayerOnline
Peercast自転車部 部長 殺し愛
エピローグへ続く


