Zero
人間観察としてのZero配信視聴は非常に面白い。
Zeroはよく亡くなった彼女の話をする。
その話は嘘であるという指摘が度々意見所などで興るが、
ここではこの話の真偽は判断しない。
面白いのは何故その話を配信でするのかを考えた時、
Zeroの趣味であり、教養の全てであるアニメや漫画との関わりが見て取れるからである。
Zeroのように実社会に身を置かない人間は、
他人との融和や摩擦によって自己を確認する事が出来ない。
出来るのは人生というストーリーの中で自分がどのような立場に立っているか。
つまり物語上で主人公足りうる人物かを証明する事によって自己を確認する事である。
かつて漫画において主人公が何かに挑戦して成功するに至る事を読者に納得させる手段は、
主人公が努力をする様子を見せる事だった。
主人公はこれだけ努力したので、成功したという文脈を読者に提示し、成功の根拠としたのである。
近年においては努力が感情に置き換わった。
物語の主人公はどれだけ感情的に過剰な存在であるか、
例えば捨てられた子であるとか、恋人を失ったという背後に背負ったドラマが
主人公を主人公たらしめ、成功するべき資格となったのである。
強いトラウマを抱えた主人公はどんな細腕でも巨大な武器を振り回す説得力を得るのだ。
彼女が亡くなるという事自体は大変辛い事であって、
それに対して深い悲しみを抱く事は全く正常であるし、共感する
しかしZeroの執着は単なる悲しみを超えて、その悲しみが自己確認の手段になっているように見受けられる。
この悲しい出来事と対峙するうちに
Zero自身も気付かぬまま自己確認の手段を手に入れ、
それが唯一の自己確認の手段であるが故に、
実社会へ足を踏み出す事を阻害しているのではないかと思う。
ここで私は、過去の出来事に執着する事によって自己確認をする生き方に対して
否定的な見解を述べて締めようと思ったのだが、
どれだけ思考を巡らせてみてもこれを否定する合理的な根拠が無い。
私は真似をしたくないが、
Zeroは自分を取り巻く状況の中で最良の選択をしているのかもしれない。
採点:6.0
Zeroはよく亡くなった彼女の話をする。
その話は嘘であるという指摘が度々意見所などで興るが、
ここではこの話の真偽は判断しない。
面白いのは何故その話を配信でするのかを考えた時、
Zeroの趣味であり、教養の全てであるアニメや漫画との関わりが見て取れるからである。
Zeroのように実社会に身を置かない人間は、
他人との融和や摩擦によって自己を確認する事が出来ない。
出来るのは人生というストーリーの中で自分がどのような立場に立っているか。
つまり物語上で主人公足りうる人物かを証明する事によって自己を確認する事である。
かつて漫画において主人公が何かに挑戦して成功するに至る事を読者に納得させる手段は、
主人公が努力をする様子を見せる事だった。
主人公はこれだけ努力したので、成功したという文脈を読者に提示し、成功の根拠としたのである。
近年においては努力が感情に置き換わった。
物語の主人公はどれだけ感情的に過剰な存在であるか、
例えば捨てられた子であるとか、恋人を失ったという背後に背負ったドラマが
主人公を主人公たらしめ、成功するべき資格となったのである。
強いトラウマを抱えた主人公はどんな細腕でも巨大な武器を振り回す説得力を得るのだ。
彼女が亡くなるという事自体は大変辛い事であって、
それに対して深い悲しみを抱く事は全く正常であるし、共感する
しかしZeroの執着は単なる悲しみを超えて、その悲しみが自己確認の手段になっているように見受けられる。
この悲しい出来事と対峙するうちに
Zero自身も気付かぬまま自己確認の手段を手に入れ、
それが唯一の自己確認の手段であるが故に、
実社会へ足を踏み出す事を阻害しているのではないかと思う。
ここで私は、過去の出来事に執着する事によって自己確認をする生き方に対して
否定的な見解を述べて締めようと思ったのだが、
どれだけ思考を巡らせてみてもこれを否定する合理的な根拠が無い。
私は真似をしたくないが、
Zeroは自分を取り巻く状況の中で最良の選択をしているのかもしれない。
採点:6.0


